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『「歌枕としての室の八島」について』の文につきまして

 投稿者:室の八島保存会  投稿日:2013年 3月 5日(火)07時50分53秒
  冒頭の文『場所は下野国の惣社、大神神社境内にあります。』
すなわち、『「室の八島」は大神神社境内の池にある八つの島をいいます。』と主張しているのは、当の大神神社です。

それに対して『この地は、「けぶりたつ室の八島」と呼ばれ、』と言ってるのが栃木市教育委員会・栃木市のホームページです。
この文の『この地』とは池のことではありません。
しかしこの文からでは、室の八島が「神社の境内」のことなのか、「神社と関係ない、神社周辺の土地」のことなのかよくわかりません。
実は、このホームページの全文は「室の八島とは、神社であり、かつ神社と関係ないこの辺り一帯の土地のことである」と言ってるのです。無茶苦茶。

ところでこの『「歌枕としての室の八島」について』の文には取り上げられておりませんが、松尾芭蕉の[奥の細道]は、
「室の八島とは神社境内の池ではない。この神社の祭神・木花咲耶姫の無戸室の故事の舞台となった境内のことである」
と言ってます。
室の八島が池では無戸室の故事の舞台になれないので、室の八島の池を否定してるのです。

これ以降の文につきましては、前々回コメントいたしました。
 
 

石塚佐市

 投稿者:室の八島保存会  投稿日:2013年 3月 3日(日)07時52分26秒
  [古河志](小出重固、1830年作、古河藩領内の地誌)の
「巻之下 坤 已下佐野郷」の目次に
「・富吉村 住吉社 石塚佐市 薬師堂」と
石塚佐市さんの名前を見つけました。御先祖様ですね。
 

室の八島は実在の場所ではないとの説について

 投稿者:室の八島保存会  投稿日:2012年 2月17日(金)01時22分59秒
  「竃=塗り込めた釜、を宮中の隠語で「室の八島」と謂い、これがいつしか下野の国の八島に付会された、ということが真相のようです。」

違います。これは戦後あまり信じられなくなった戦前の学者の説です。

それまで竈を宮中の隠語で「八島」と呼んでいましたが、下野の名所室の八島も竈も共に煙に縁があるので、竈の「八島」を洒落て「室の八島」と呼ぶようになりました。

室の八島の和歌が登場するのは西暦900年頃ですが、竃を宮中の隠語で室の八島と呼ぶようになるのは、藤原実方(958?-998年)の時代です。

それが次の和歌で分かります。
「この頃は-室の八島も-盗まれて-思ひありとも-えこそ知らせね」

以前は室の八島と言えば名所の名前だけだったので盗みようがなかったのです。

当時の竈は、釜の下に置くような小さな物だったので盗む事ができたのです。


 

室の八島の場所

 投稿者:管理人さん  投稿日:2006年 9月14日(木)23時50分0秒
  室の八島保存会様
石塚倉子の歌っている室の八島は、ご指摘の通り大神神社のあたりではないというご意見に賛成です。
倉子はどこであるかを特定しようとはせず、自分の故郷の一帯が室の八島であった。
そして、そこは古の時代は煙(霧)が渡る地であったと、素直に考えているのかもしれません。
ただ、渡良瀬遊水地と富吉は非常に近くにあります。
ですから、遊水地のあたりの光景を見て、室の八島はこの一帯と思ったのかもしれませんね。

日光紀行の解説を記載していただきましてありがとうございます。
折を見ていずれ日光紀行、妙義紀行の両方の足跡をたどってみようと思います。

まだまだ未完成なサイトですが、是非ご意見をこれからもお願いいたします。
 

室の八島の場所について

 投稿者:室の八島保存会  投稿日:2006年 9月14日(木)08時20分38秒
   石塚倉子の作品に出てくる室の八島を、ろくに検討もせずに下野惣社(今の大神神社)の社の前にあった八つの島のある池だろうと考えましたが、

 その作品[室八島]中の[日光紀行](1722年旅)にある
<名に立てる 煙やいづこ 春ふかく 室のやしまは かすみわたりて>
の歌を見ると、

 これは池ではなく、どこかの土地を詠んだ歌と見たほうがピッタリですね。さてどこでしょう?

http://www6.ocn.ne.jp/~tntenji/

 

参考になりました。

 投稿者:室の八島保存会  投稿日:2006年 9月10日(日)07時58分35秒
   栃木県南の歌枕を調査する上で、石塚倉子(1686-1758年)の作品[室八島]が非常に参考になりました。ありがとうございます。

 [下野国誌](1850年)によれば、県南を通る古代街道の東山道沿いに、安蘇の川原、三毳山、さしも草の伊吹山、標茅が原、室の八島、しわぶきの森などの歌枕が存在することになっていますが、[室八島]の作品中には室の八島しか登場しません。

 [下野国誌]の言う事が正しいなら、少なくとも石塚倉子の住む藤岡町富吉の近くにある三毳山に触れないのは不自然ですし、百人一首の藤原実方の歌でもよく知られたさしも草の伊吹山に触れないのも不自然です。

 おそらく、さしも草の伊吹山、標茅が原、しわぶきの森が下野国府付近に付会されるのも、また万葉集に登場する「安蘇の川原」の川が佐野市を通る秋山川に、「みかもの山」が現在の三毳山に比定されるのも、石塚倉子の時代よりもっと後のことでしょう。そしておそらく、現在の三毳山が三毳山と呼ばれるようになるのも。

http://www6.ocn.ne.jp/~tntenji/

 

リンク許可御礼

 投稿者:室の八島保存会  投稿日:2006年 7月24日(月)09時44分24秒
  >管理人さん
早速リンクの許可を頂きましてありがとうございます。
2006.07.24リンクさせて頂きました。

当方のHPをリンクして頂ける由、宜しくお願い申し上げます。
リンクページなどではなく、適当なところに歌枕室の八島の補足説明としてリンクして頂ければ結構です。その場合、当方のHPと貴HPとで、歌枕室の八島の説明が全く異なりますのでご注意下さい。

なお、リンクバナーは作っておりません。名称は「室の八島の歴史」「歌枕室の八島の歴史」あたりで結構かと存じます。

http://www6.ocn.ne.jp/~tntenji/

 

ぜひともお願いいたします

 投稿者:管理人さん  投稿日:2006年 7月23日(日)17時10分29秒
  室の八島保存会様
ぜひともリンクをお願いいたします。
(もしお使いになるのでしたら、トップページの下にバナーを設けました)

また、こちらも近々リンクページを作成したいと思っています。その節は、相互リンクさせていただいてもよろしいでしょうか?
その際は、リンクバナーなどございましたら、頂戴できればと思っております。
 

リンクさせて頂きたいのですが

 投稿者:室の八島保存会  投稿日:2006年 7月22日(土)10時05分13秒
  私どものHP[歌枕室の八島の歴史の旅]の「近世室の八島」の章に、「近世室の八島の印象」として、石塚倉子の室の八島の歌を一首取り上げ、そこに貴HP(トップページ)を是非リンクさせて頂きたいと考えておりますが、ご許可願えますでしょうか。

http://www6.ocn.ne.jp/~tntenji/

 

カキコ第一号ありがとうございます

 投稿者:管理人さん  投稿日:2006年 7月 5日(水)21時44分23秒
  「室の八島保存会」様
おいでいただきありがとうございます。
逐次巻二以降を掲載してゆきます。
またのおいでをお待ちしております。…それまでに、更新できているかどうか…
 

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