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小説「龍胎告知」

 投稿者:UBEL  投稿日:2008年 9月 8日(月)03時15分17秒
     龍胎告知

          Johann Sebastian Matthew Zdbac


 第一章
    或る自殺者の息子

 「父が自殺してしまって。」
ゾフィーは、その青白い不健康なうりざね顔を、曇らせた眼鏡ごと、わなわな震えなが
ら語った。すると、ヨハンは、
 「自殺なんてちゃんちゃらおかしいね。お笑いや。ギャグに過ぎん。」
と、笑った。ゾフィーは身体ごとぶるぶる震わせ。大声で怒鳴った。
 「本気で怒りますよ。この部屋中のもの投げつけて暴れますよ。」
部屋の中に、大声が響くと、ヨハンも大声で応じた。
 「ほんだら、お前自殺未遂した事あるんかよ。」
ゾフィーは、
 「いやない。」
ヨハンは、
 「自殺未遂した事ある本人やったら解るはずや。本人が言うてんねん。あんなもんギ
ャグに過ぎん。お笑いや。縄切れやったけどな。」
 「君のお父さんのシチュエーションやったら、外に女作って逃げてもよかったんや。
お母さんの事愛してはったんやろ。」
 「ほんまに、後から考えたら、なんであんなしょうもない事で自殺未遂なんかせなあ
かんかったやろって、自分でも笑てまうねん。」
 「『自分を外から見る』っていう視点が全く欠けてたな。」
 「『客観が主観的な客観』やったらもっと客観から視たらええねん。」
 「客観は何重構造にも無限にとれんねん。」
 「そしたら無限に拡がった客観って大っきい宇宙の大海原やろっ。」
 「そんな宇宙から見たら人間なんてちっぽけな存在だよ。でも同じ『生命』じゃない
か。」
 「だからみすみす自分で大事な生命を、些細な事で捨てるなんてギャグに過ぎん、っ
て言ってるんだよ。」
 今にも、暴れんばかりに大声で怒鳴っていたゾフィーは、その時、静まった。ゾフィ
ーの父親は、ヨハンが17歳の時、ヨハンを殺しに来て、失敗した宣教師だった。彼の息
子達は全員障害者になってしまって、自分の生活に絶望し、自殺した。その息子が、神
戸震災の後、奈良に引っ越し、精神障害者施設で働くヨハンとCDの貸し借りのためにヨ
ハンの部屋に来ていた。



 第二章
    眠りの園

 いつものアッパーフィールドのおせっかいだと思った。アッパーフィールドと一緒に
ギターシンセサイザーを弾いていたヨハンが暴走し、自分独りだけの世界に入ってしま
うと、アッパーフィールドは、慌てて手を振りかざし続けた。
 「あー怖かった。」
アッパーフィールドは振り疲れた手を上品にフラフラさせた。
 「一万匹はいてたよ。怖い悪霊ばっかり。」
 「いつもこんな怖い悪霊と一緒にいてんの?」
 その悪霊というもの達は、いつもヨハンと一緒にいていた。ヨハンには空気のような
存在だったが、アッパーフィールドには怖かった。アッパーフィールドは携帯電話で、
或るヒーラーのお姉さんに繋げ、ヨハンに守護神六神と、守護霊四人をつけてくれた。
 「『全ての人を許します』って言える?」
と、アッパーフィールドは尋ねた。
ヨハンは、とっさに
 「全ての人を許します。」
と応えた。ヒーラーのお姉さんと、アッパーフィールドは、ヨハンがある種のリンチを
受けているのが解っていた。
 「この人は心が広い人だ。」
と、ヒーラーのお姉さんは電話越しに言った。
 「自分の敵は自分。」
アッパーフィールドは驚きながら、
 「自己愛はあんな?」
するとヨハンは、
 「自己愛は人一倍強いです。でも自分の自己愛は弁証法的。自己を無化して、弁証法
的に昇華してWERDENする自分が好き。」
すると、ヒーラーのお姉さんは、
 「この人は、ヒーロー、英雄、怪物。」
 「キリスト教の信仰と薬が相乗効果して、超人的な仕事をしてきた。でももうこの人
の身体がボロボロ。」
 ヒーラーとアッパーフィールドは取り敢えず、その場でヨハンの飲んでいるレンドル
ミンを抜いた。ヒーラーのお姉さんは、
 「この人の統合失調症は治っています。」
と、アッパーフィールドに告げた。
 アッパーフィールドが部屋を去ってから、ヨハンは、睡眠導入剤であるレンドルミン
を飲まずに眠れる日々が、数日間続いた。しかし、四日目ぐらいになると、それは浅い
数十分間だけの眠りに変わって行った。ヨハンは、眠れるからと、病院に行かなかった
自分を後悔しだした。様々な霊がヨハンの眠りを妨げた。しかし、それを紐解いていく
と、ヨハンを監視していたのが誰かが、解って来た。眠りながら指を鳴らし続けると、
監視者達は次々と離れ去って行った。そして、数十分の熟睡を得られた後、また新たな
霊が出没する。そのうち、ヨハンには、自分には
 「眠る場所」
がない事に気づいた。三歳の頃、十字架を盗られた向かいの家にある十字架が、心の眠
る場所だった。しかし、大学進学が出来なかった頃からヨハンは、その家を心の眠りの
場所にするのを拒否されていた。ヨハンの不眠症は、盗られた十字架の或る場所を、眠
る場所にした間違いから起こっていた。眠りの園はほど遠い。諦めたヨハンは、その朝
病院に行く準備をしていた。




 第三章
    怒れる龍の出現

 夏の朝日が輝く、午前六時。まだ病院に行くには早すぎた。すると突然、ヨハンは膵
臓に猛烈な痛みを感じた。瞬く間に悪鬼のような悪霊達に囲まれたと思うと、向いの庭
に、大きな威圧的な龍の魂が、大声で怒り、吠えだした。
 「殺してやる。」
と吠える、その龍の言葉と同時に、猛烈な痛みが襲ってくる。ヨハンは指を鳴らしなが
ら、これが一体どういう事か探っていった。
 「先生ぃ〜、待ってましたよ。」
ヨハンは、自分に封印をかけている、幼いときの、二人の恩師の中の一人が、そこに居
るのがわかった。ただ、その先生は、怒れる龍を仲介しているだけだった。
 「取引しようじゃないか。」
老師は、自分の肺に、痛みを感じ始めていた。あきらかに、ヨハンの指の鳴らす音で、
ヨハンへの膵臓攻撃の矢が、老師の肺に還ってきているのだった。
 「先生。僕は一体何をしたっていうんですか?」
すると、老師は、
 「龍を身籠らせた。」
 「一体、何の事ですか?そんなの知りませんよ。」
 「なんで、人間に龍を身籠らせる事ができるんですか?」
すると、龍は、
 「殺してやる、死刑にしてやる。」
と、大声で吠えた。
 「それじゃあ、リアルの世界で法廷に訴えて下さいよ。」
 「龍を身籠らせたって。」
 「絶対、法廷で笑いものになるから。」
 「ここは、法治国家じゃ。」
 「俺にだって人権がある。」
ヨハンは指を鳴らし続けながら、龍の大きな吠え声に対抗するかのように、大きく怒鳴
った。
 「取引しようじゃないか。」
老師は、肺の痛みに耐えられず、提案した。
 「いいよ。取引するよ。」
老師は、龍をなだめる事はできず、しかし、これ以上若いヨハンと戦ったら、ヨハンの
膵臓を潰す前に、自分の肺が壊れて行くのが先だと察知し、ヨハンとの間に、老師に不
利な契約を結んだ。



 第四章
    龍胎告知

 五月だった。ヨハンの葬儀が韓国で行われた夜、女天使達が次々とやって来て、ヨハ
ンが指を鳴らすと同時に、次々と、女天使達は、明日香村の天上に昇天していった。そ
れ以後、ヨハンの部屋には、様々な女霊が漂い、ヨハンは、女霊達の思うがままに毎夜
過ごした。
 龍はその時、ヨハンの精を吸い取り受胎した。その龍はいつからか、ずっとヨハンの
向いの家に棲んでいた。そしてヨハンが哲学書を読むのを、からかい続けた。七月、龍
はヨハンの向いの家を去った。そしてシリウス星で、六匹の龍を産んだ。




 第五章
    眠りの園と龍神

 ヨハンは、ヨハンの部屋に或る新しい十字架を、眠りの場所に与えられた。雷鳴が轟
き、子供の龍神達が遊びに来た。ヨハンのシンセサイザーや機材類、本やCDの並ぶ部屋
で、子供の龍神達は、おもしろそうに遊んだ。母龍は啼き、その涙の粒は、大雨になっ
た。老龍は、大きな雷鳴を轟かせると、もはや怒ってはいなかった。母龍と老龍の人間
としての身体は、もはや亡くなっているのではないか、という情報が流れた。
 ヨハンの前に何故、彼等龍神達が顕われたのか、ヨハンには未だに謎である。



                                    end
 

続編作曲中

 投稿者:UBEL  投稿日:2008年 9月 4日(木)02時07分49秒
  現在、珍しく、久方ぶりに、楽譜を書いています。
そして楽譜通りに弾く練習をしています。
続編は、録音作業と、作曲作業、練習作業を積み重ねて
作るつもりです。
そして、作った楽譜は、ギターシンセサイザー独奏用作品としても使おうと思っています。
9月に入ったとたん、素直にピアノと楽譜に向かえるようになりました。
新作の完成は今年度中。
 

Go Back To Pleiades part1

 投稿者:UBEL  投稿日:2008年 8月10日(日)22時06分17秒
  新曲ができました。
宇宙遊泳に憑きまとう
悪霊とのバトルを描きました。
かなりアグレッッシヴな20分強の作品です。
しばらく無料配布受け付けます。
 

パラダイスガラージ/ROCK'N'ROLL 1500

 投稿者:弓場宗治  投稿日:2008年 7月30日(水)00時08分15秒
  '95年に発表された豊田道倫パラダイスガラージの1st アルバム
ROCK'N'ROLL1500がHEADZより再発される。
豊田君と最初に共演したのが1993年だったのか。
もう15年前の昔だなあ。
当時の関西のいかがわしいお兄ちゃんらの世界が、このCDいっぱいに詰まってて、
私の即興ラップLove on the beachや松本亀吉氏のデートクラブなど、
エアブリ、身長2mの大谷さん。
あの頃のBEARSに出演していたバンドの中では、僕らPrisonerNo.6やパラダイスガラージ、松本亀吉まぐろPCCBHS,身長2mらは、どこかいかがわしさの中に、爽やかな風を吹かせていたように思える。
LOVE on the beachは、完全に即興のラップで、豊田君に、
「弓場さん、弓場さん。ちょっとこっち来て」
と、BEARSのカウンターの奥に呼ばれ、いきなりヘッドフォンをかけて、マイクに阿呆なラップを録音した。
今聴くと、自分でも大爆笑ものだが、ああいう阿呆で爽やかな青春を大阪で送っていたのだなあ、と
懐かしさすら感じる。豊田君が東京に行ってしまうまでの2年間、僕らはこんな青春を体験していたんだ、と思うと、まるでこのCDには当時の自分達の青春そのものが刻印されているようで、こういう自分達はやはり幸せな人種なんだとつくづく思う。ありがとう豊田君。頑張ってね。
 

宇宙外交官

 投稿者:Zdbac Ubel  投稿日:2008年 7月29日(火)00時25分30秒
   宇宙外交官
      Johann Sebastian Matthew Zdbac

 序章

 雷鳴の轟く中、雨に打たれて、雲の合間から、女神の声が響いた。
 「Johann あなたはシリウスでもあるのよ。」


 第一章
    Rock宇宙外交官達

 ーRock Live Houseの楽屋にて

 「辞めろ。そんなナンセンスな事は辞めろ。」
Johannは、Zommaが、Johannの前で跪こうとするを制止した。Zommaはエレファス
レヴィの儀式を終えたばかりだった。Schadesは、Johannに暗示をかけた。Johannは、
一瞬たじろき、後ずさりした。そして開き直って笑い出した。
 「そうさ、おかげで俺はあの三つの餓鬼のまんまだよ。」
 「全然大人になられへん。精神年齢いつまでたっても十代や。」
Scadesは、
 「こいつは三つ取っている。」
と、Zommaに言うと、とっさにZommaは、跪こうとした。
 「辞めろ。俺はシリウスじゃない。」
 「シリウスみたいな階級社会は、俺には関係ない。」
 「そんなナンセンスな事辞めろ。」
 「辞めようよ。もっとリアルの世界で頑張ろうよ。」
Schadesは、
 「確かにこいつはプレイアデスや。」
Johannは。Schadesに向かって
 「Schadesさん。昔一緒にプレイアデスに行ったやん。」
 「いつからシリウスに乗り換えたん?」
Schadesは、Johannに、
 「俺は楽器が弾かれへんねん。」
その時、若いミュージシャンが楽屋に入って来た。
 JohannとZommaとSchadesのやりとりはここで終わった。


 第二章
    ルーマニア人の先祖

 Johannの先祖、Zdbacはプレイアデス人である。しかし、Zdbacが日本に帰化する際、
ルーマニア人の血が入っている。そのルーマニア人は、シリウスの尼僧だった。階級と
知識、教養に厳しいシリウスの血は、Johannの祖父、宗太(そうだ)に受け継がれ、
宗太は、化学者として特許を取った。Johannは、シリウスとプレイアデスの両方の血を
持った地球人として、天啓を受け続ける。


 雷鳴が轟く。女神の声が、雲の隙間から響く。
 「Johann あなたはシリウスでもあるのよ。」
 

The Mission Lucifer Rising

 投稿者:Zdbac Ubel  投稿日:2008年 7月28日(月)20時39分32秒
   The Mission Lucifer Rising
                                                     Johhan  Sebastian Matthew Zdbac

 第一章
    契約

 西暦1975年、プレイアデスとルシファーの間にトラブルが生じ、プレイアデス星に
大地震が起きた。その時、プレイアデス星でリハーサルをしていた、the band KLAATU
は、その地震を体験し、ひび割れた神殿のスケッチをLPレコードのジャケットに使った。
1977年、地球人のJohann Zdbacが、プレイアデス星のマネージャーZimmy Zdbacに招
かれてプレイアデス星に到着した。晩餐会で、Zimmy Zdbacは、
 「二年前、大地震が起きたんだ。やっと修復が終わったんだ。それで君を招いたって
わけさ。ルシファーの奴ら無茶苦茶しやがる。」
と、ぼやいた。そして宴も闌になって、Zimmy Zdabcは、地球の従兄弟として、Johann
Zdbacに、
 「Johann君、ルシファー役を演じてくれないかね。」
と、オファーした。John Matthewとして、三歳で既に牧師の資格を取っていた、11歳の
Johannに、ルシファーの役を地球で演じるよう、JohannはZimmyに頼まれた。Johannは、
これから自分にどんな災難が起こるか解らずに、その親切なプレイアデス星人でありか
つ、プレイアデス星の従兄弟、 Zimmy Zdbacの申し出を受け入れた。そして、プレイア
デスとルシファーは再契約した。
 Johannは16歳でST.ANDREW churchと契約し、様々なMissionを行った。
 それはまるで、天使が、堕天使として、地べたを這いずり廻るような思いだった。


 第二章
    ルシファーライジング

 ケネスアンガーの「ルシファーライジング」。そのルシフェルの昇天の映画が、
Johannの演ずるストーリーだった。火山の噴火する山で、溶岩が流れ、女が祭壇で、松
明を燃やす。タロットカードを切り、魔法陣で踊る祭司。そして、オシリスとイシスが、
遠方で合図し、二人が神殿で並ぶと、UFOが二人の頭上に飛ぶ。
 Johannにとって、イシスのような、日本の女神、洋海に出逢った日々、そしてJohann
と洋海が、長谷寺で並んで歩くと、UFOが二人の頭上を飛んだ。
 2008年、Johannの葬儀が韓国で行われた。その葬儀の夜、Johannを大天使ルシフェル
と呼ぶ、女天使達が、次々と、一人また一人ずつJohannの前に顕われた。その日本人の
女天使達は、Johannが親指と人差し指を鳴らすと、一人ずつ、明日香村の天空に舞い上
がった。その女天使達の数は、ちょうど46人だった。女天使達は、徐々に明日香村の星
空に上がって行き、そして天国へと昇って行った。Johannは、その46人の女天使達を、
リアルでは誰も知らない。
 そして、Zimmy Zdbacは、プレイアデス星への、Johannの「S.O.S.」のサインを受け、
Johannの前に顕われた。そして彼は、Johannのルシフェル役の終わりを告げた。Johann
のルシファーとしてのMissionは完了した。
 

Go back to Pleiades

 投稿者:Zdbac Ubel  投稿日:2008年 7月26日(土)00時41分35秒
   Go back to Pleiades
                                                     Johann Sebastian Matthew Zdbac

 第一章
    Zimmy Zdbacとの出会い

 その頃、プレイアデス星と地球の往復には、三時間かかった。Zimmyという愛称で知
られる、スペル文字では書き表されない名前を持った、そのプレイアデス人は、Zdbac
というホームネームを持っていた。BC13世紀に地球に渡ったZdbacと同じ名前である。
Zimmyは、ミュージシャンの星、プレイアデス星の音楽プロデューサーであり、かつマ
ネージャーとして、地球人にも良く知られる存在である。Zimmyは優秀な素質のあるミ
ュージシャンを、良くプレイアデス星に連れて行き、プレイアデス星で音楽修行させ、
その後、地球に帰らせ、ミュージシャンとして成功させる、それが仕事である。1977
年、Zimmyの宇宙飛行船は、日本に渡り、二人の日本人の男の子と一人の女の子を宇宙
船に招待した。一人の男の子は、もう中学生で、飛行船に乗るのは二度目だった。
SATORUという名のその男の子は、Zimmyとは親しく、SATORUは、殊にUFOのコクピ
ットを、物珍しくは思っていないようで、Zimmyとの共通の知人について話し会ってい
た。もう一人が、11歳の日系ユダヤ人、Johann Zdbacだった。Johannはコクピットを
物珍しく見て、コクピットの音に深い興味を示した。もう一人の女の子、Marieは、
JohannがUFOのステージライトに乗るのに連られて、同じスポットライトを遠隔で受け
ていて一緒に乗った。MarieとJohannの家は、車で一時間以上かかる距離だったが、同
じスポットライトを二重に二人は見ていて、Johannがスポットライトに乗るのは、
Marieには見えていた。Marieはコクピットの音がうるさいと、言い、コクピットの音は
Johannにしか聴こえなくなった。


 第二章
    プレイアデス星

 宇宙飛行船はすぐにプレイアデス星に着いた。宇宙の眺めをZimmyが解説している時
間は、小一時間半ほどだった。プレイアデス星には、巨大な石柱の神殿があった。その
神殿の中で、多くのミュージシャンが、集団で即興演奏をしていた。パイプオルガンや
ピアノもあった。Johann達が着いた時には、打楽器のチームが即興演奏をしている所だ
った。Marieがピアノでショパンを弾くと、
 「こんなのは駄目だ。」
と、プレイアデスのミュージシャンから怒られた。Johannは、母Mariaの弾いていたジャ
ズの即興演奏を弾いた。プレイアデスのミュージシャンは、
 「これなら僕らとやっていける。」
と、OKサインを出した。Zimmy Zdbacは、Johann Zdbacに、
 「Johann君、ここで音楽修行していかないか?」
と問ふた。Johannは即座に、
 「やりたい。」
と答えた。するとMarieが泣き出した。
 「家に帰りたい。」
Johann Zdbacは、
 「それじゃあ、君だけ帰りなよ。」
と、言った。するとMarieは、
 「連れて帰ってくんなきゃ嫌。」
と、また泣き出した。Johannは仕方なく、Marieと地球に帰った。MarieとJohannは地球
に帰ってから、二度と会う事はなかった。


 第三章
    SOS.

 2008年、Johannは、呼吸法のStep1で、プレイアデス星へのコンタクトを試してみた。
出す信号は、
 「S.O.S.]
だった。次の日、Zimmy Zdbacの声が聴こえた。Johannが子供の頃のように、UFO自体
は見えなかった。また、光りや、物体の気配を消している、ともZimmyは言った。既に
プレイアデス星と地球間のテレポートには1秒しか、かからなかった。Zimmy Zdbacは、
1977年にJohannが、プレイアデス星から地球に帰ってから、いつもJohannを見守って
いた。Johannの作る音楽作品は、すべてプレイアデスのイメージが降ってくる作品ばか
りだった。Johannがシンセサイザーと録音機材の前に座ると、自然にプレイアデスのイ
メージが降って来た。それをJohannは、次々とレコーディングしていった。
Zimmy Zdbacは、プレイアデスからJohannの
 「S.O.S.」
に反応して、迎えに来た。しかしJohannはまだ大丈夫そうだった。
 「あと二年、地球で仕事してもらう。」
 「僕は、いつも君と一緒だよ。君が呼べば、一秒でテレポートしてくる。」

 2012年、50万人のプレイアデス人が、地球からプレイアデスに惑星移動する。40万
人のシリウス人が、地球からシリウスに戻る。そして10万人の他の惑星から来た地球人
が、その惑星に戻る。

 Zimmy Zdbacは、Johannの窮地を察知し、問題を片付けていった。Johannを迫害して
いたのは、大きな人間の顔をした大蛇のシリウス星人だった。Zimmyが、
 「これで大丈夫。」
と、Johannに合図すると、人間の顔をした大蛇は、シリウス星へと還っていった。
 

The People of Japanese Zdbac around Sebastian

 投稿者:Zdbac Ubel  投稿日:2008年 7月16日(水)21時52分47秒
   The People of Japanese Zdbac around Sebastian

                                                                                   John Ubel


 第一章
    アベル

 旧約聖書に出てくる、カインとアベルの話で有名な、アベルは、BC13世紀に、プレ
イアデス星から地球に来た、プレイアデス人だった。アベルの直系の子孫は、いつしか
ヨーロッパの中で、地位を築いていき、ハプスブルグ家に代々仕える公爵、Zdbac家に
なった。1900年頃、ハプスブルグ家に対する風当たりは強くなった。1910年、Zdbac
公爵は、自ら、十字架に架けられる、ショウを演じ、1911年、Zdbacの一族は世界中に
離散した。その後、ハプスブルグ家の皇太子は暗殺され、第一次世界大戦がヨーロッパ
に起こった。


 第二章
    ユバル

 同じく、旧約聖書に出てくる、アベルの直系の子孫に、琴の名手、ユバルが記されて
いる。ユバルは、琴などの楽器の名手、時には弓矢の射手として、メソポタミアからヨ
ーロッパ、東欧、シルクロードを経て中国に渡り、時は老荘思想家の百家争鳴時代、ユ
バルは、百家争鳴の思想家の一派になった。その後、ユバル家は、朝鮮半島に渡り、新
羅の花郎(ファンラン)と呼ばれる種族に入った。花郎は、貴族の芸術家集団であり、
かつ戦いの指揮官の集まりであった。モンゴルの侵略に破れた後、ユバル家は、鎌倉時
代の飛鳥の地に逃れ、阿部豪族の傭兵として、日本に帰化した。ユバル家は、そのまま
戦国時代に武士になっていった。飛鳥、高取の地は、江戸時代中期まで、越智一族が自
治権を持っていた。江戸時代中期、江戸幕府の本多家が、越智を攻め滅ぼした時、ユバ
ル家は本多家に付き、高取城で、外様大名のような、No.2の地位を得た。高取城城下町
には、様々な日本各地の地名があるが、ユバル家の領地には、ホーランドという地名が
残されている。おそらく、高取城に来る、オランダ人の居留区があったように思われる。
ホーランドの山には、礼拝堂があった。ユバル家の歴史は決して平坦なものではなかっ
た。婚姻する、南朝貴族の女は、次々と、男子を毒殺していった。姫君に一目惚れされ、
切腹を命ぜられる男子も、ユバル家には居た。
 江戸時代後期、ユバル家に、宗治(しゅうじ)という、天才少年漢文学者が、現れた。
宗治は、先祖代々の漢文の蔵書を読み散らす一方、自作の漢文詩を書き、またオランダ
人から、オランダ語、ドイツ語、フランス語の手ほどきを受け、ドイツ文学やフランス
文学を読み漁り、17歳で、肺結核のため夭折するまで、数々の自作の書き物を残し、宗
治の物語は、伝説になった。
 ユバル家は、広い屋敷を持ち、広い屋敷には、親類や兄弟などの家が立ち並んでいた。
その中で、江戸時代後期、ユバルの分家が出来た。角立て四つ目の紋章の、このユバル
の分家は、城のNo.6の地位を与えられた。幕末、高取城は燃え、後は石垣だけが、残さ
れた。
 もはや、切り捨て御免の世の中では、なくなった明治初頭、ユバル家の当主は、六人
の村人を殺傷し、ユバル家は解体された。広い屋敷は分割され、屋敷があったど真ん中
に、道が開いた。六つの地蔵が、墓に並び、ユバル家は小さな娼家になった。分家のユ
バル家は、明治政府の恩賞金で、京都に商売に出、ルーマニア人のユダヤ系の芸者を妻
として連れ帰った。分家のユバル家は、そのまま芸者の置屋になり、本家の娼家で、三
味線や琴を弾いていた。分家のユバルの息子、宗太(そうだ)は、化学者として、ソー
ダ水を発明したが、アメリカで特許が下りた時には、既に太平洋戦争が勃発されており、
特許料を、宗太が手にする事はなかった。宗太は、1911年に、高知の浜辺に漂流した
Zdbac家の娘の一人が、丹波市で売られて来た、アフリカ人と結婚して出来た、brownの
ユダヤ人、トミノと結婚した。


 第三章
    Zdbac椎野

 1911年に、高知の浜辺へ漂着した、Zdbac一族は、そのまま四国から関西へ散らばっ
ていった。もはやヨーロッパを捨てたZdbac一族は、日本人に同化していく事を希望し、
そしてそれは、受け入れられ、同化していった。和歌山の御坊に移ったZdbacの一人は、
椎野家と婚姻し、1945年、赤毛の可愛い巻き髪の女の子、マリアが産まれた。その女
の子は、エレクトリックピアニストになり、そして後に、飛鳥のユバルZdbac家と婚姻
する。


 第四章
    Zdbac小崎

 椎野マリアとユバルZdbacの息子、セバスチャンは、特殊教育を一歳から三歳まで、
和歌山で受けた期間、四国の香川から来ていたZdbac小崎という少年に出会った。もと
もと結核患者の子供の療養所だった、特殊教育機関で、Zdbac小崎のように、健康な少
年は合わず、Zdbac小崎はいつも暴れていた。セバスチャンは、Zdbacの血筋を持った
者同士の親近感を覚え、Zdbac小崎が暴れ、注意されるのを、よく庇った。文化祭で、
セバスチャンがエレキギターでウ゛ィヴァルディやバルトークを弾き、ヴォーカルの
Zdbac小崎は、発表会場に張り巡らされた、シュールリアリズムの絵画を殴った。セバ
スチャンが、かわりに謝ってその場は済んだ。
 セバスチャンとZdbac小崎は、大人になって再会し、Prisoner No.6というロックバン
ドを結成した。そして、シュールリアリズム絵画の展覧会での、パフォーマンスで、子
供の頃と同じく、セバスチャンがギターシンセサイザーで、ウ゛ィヴァルディやバッハ
を弾き、Zdbac小崎は絵画を殴った。二人が子供の頃、発表会を観ていた紳士達が、そ
の展覧会に大勢居合わせていた。みんなが証人さんだった。
 「あの時と、全く同じだ。」
と、証人の紳士達は笑い合った。


 第五章
    Zdbac瞳

 奈良に移ったZdbacのうち、一人は、アフリカ人と結婚し、娘がユバルに嫁いだ。そ
してもう一人は、ロシア系ユダヤ人と婚姻し、同じく明日香村に住んだ。Zdbacユバル
の息子、セバスチャンと、ロシア系Zdbacの娘、瞳は同じ学校に入り、クラスメイトに
なった。セバスチャンの好成績は、すべてZdbac瞳に引き渡した。Zdbac瞳の父は医者
で、多額の献金を学校にしていた。ヨハンは、ズバ抜けた成績を、Zdbac瞳に明け渡し
てからロックバンドで、エレキギターに、その不条理の怒りをぶちまけた。Zdbac瞳は、
女子大を出てからポルシェを乗り回していた。



 第六章
    Zdbac少年

 セバスチャンが、もはやベテランのロックミュージシャンになり、対バンした若い
バンドの中に、キラリと光る少年がいた。楽屋の壁に頭をぶつけてウォーミングアッ
プする、この少年のバンドは、明らかに他の若手のバンドとは違っていた。手本とす
る先輩のバンドを何一つ持たない。モダンジャズのドラムと、イレギュラーチューニ
ングでツインギターの効果を出すギター、そして挑発的なアクションで客にアピール
する、このヴォーカルの少年のバンドの演奏は、明らかにオリジナルの2000年代の、
新、新人類の音楽だった。
 打ち上げで、その少年は、隣の女の子に、
 「俺はZdbacだ。」
と語りかけた。セバスチャンは、また一人、Zdbacに出会った。Zdbac少年のバンドのド
ラマー洋輔は、セバスチャンのバンドでもドラムを叩くようになり、洋輔は二人のZdbac
の間を行き来し、二人を良く観察していった。
 Zdbac少年と洋輔のバンドは、ヨーロッパツアーを成功させ、洋輔はセバスチャンのバ
ンドを去った。



 第七章
    Uncle Zdbac

 著名なブリティッシュロックギタリストが、日本人のZdbacにアピールするために、来
日した。もはや老齢のそのロックギタリストは、
 「自分はZdbacだ。」
と、日本の記者に会見した。
 たった一晩だけの再結成コンサートの後、日本に来たそのZdbacは、極東の島国に同化
したZdbacに対して、一体どんな思いを抱いていたのだろう。
 日本のZdbacは全て、日本国籍を持った日本人である。
 Zdbacは、日本への同化に成功した。
 

自由主義者さんありがとうございます。

 投稿者:Zdbac Ubel  投稿日:2008年 7月11日(金)18時30分15秒
  自由主義者さん。
貴重な情報ありがとうございます。
我が家ではZdbacの血筋を長い間隠してきた歴史があります。
 

「ユダヤ人」という言葉の異様な響き

 投稿者:自由主義者  投稿日:2008年 7月10日(木)12時20分57秒
  http://japansconspiracy.hp.infoseek.co.jp/0202/p004.html#page131

私は「ユダヤ人」という言葉が嫌いだ。私はある意味でユダヤ人を尊敬する。しかし、学校教育で染められた「ユダヤ人」という言葉の偏見が頭から離れない。どうしてなのだろうか。少し調べてみた。まず、マスコミで「ユダヤ」という言葉が話されない。理由はおそらく放送禁止用語のせいだろう。しかし、この中身が巧妙だ。・・・・・・・・・・・
 

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